再生医療の現場において、目に見えない微生物や微粒子から製品を守ることは、患者様の安全を確保する上で最も重要な使命のひとつです。細胞加工施設(CPC)の衛生管理を担当することになった方にとって、「環境モニタリング手法」の理解は避けて通れません。本記事では、初心者の方にも分かりやすいよう、環境モニタリングの目的から具体的な測定方法、清浄度グレードの基準までを基礎から丁寧に解説します。正しい知識を身につけ、安全な施設運営の第一歩を踏み出しましょう。
再生医療における環境モニタリングとは?

再生医療製品の製造において、環境モニタリングは単なる「検査」ではありません。それは、製品が作られる環境そのものの健全性を証明するための重要なプロセスです。ここでは、なぜ環境モニタリングが必要なのか、その根本的な役割と目的について解説します。
細胞加工施設(CPC)での役割と目的
細胞加工施設(CPC)における環境モニタリングは、いわば施設の「健康診断」のような役割を果たしています。私たちは空気中の微粒子や微生物の数を定期的に測定することで、施設が正常な清浄度を保てているかを確認します。
もし、この診断を行わなければ、いつの間にか汚染が広がり、大切な細胞製品が汚染されてしまうリスクに気づけません。常に施設の健康状態を数値で把握し、異常があればすぐに対処できる状態を作ることが、環境モニタリングの最大の目的です。
無菌操作と汚染管理(コンタミネーションコントロール)の関係
無菌操作は、菌がいない状態を維持しながら作業を行う技術ですが、人間が作業を行う以上、完全な無菌状態を保証することは非常に困難です。なぜなら、クリーンルーム内における最大の汚染源は「作業者(人)」だからです。
環境モニタリングは、この無菌操作が適切に行われているか、そして環境からの汚染(コンタミネーション)が制御されているかを客観的に評価するために存在します。日々の清掃や消毒の効果を確認し、汚染管理が機能していることを裏付けるために欠かせない手段なのです。
製品の安全性(品質)を保証するための科学的根拠
再生医療等製品は、最終製品の無菌検査を行うことはできますが、すべての製品を検査してしまえば患者様に届けるものがなくなってしまいます。そのため、「製造環境が清浄であったから、製品も無菌である」という科学的な推論が品質保証の根幹となります。
環境モニタリングによって蓄積されたデータは、その製品が安全な環境で作られたことを証明する強力な科学的根拠(エビデンス)となります。これは規制当局への申請や査察においても極めて重要な資料となるのです。
環境モニタリングで測定すべき4つの主要対象

環境モニタリングでは、漠然と空気を調べるのではなく、汚染のリスクとなる具体的な対象を定めて測定を行います。ここでは、管理すべき4つの主要なターゲットについて、それぞれの特徴とリスクを整理します。
浮遊微粒子(空気中のチリ・ホコリ)
浮遊微粒子とは、空気中を漂う目に見えないチリやホコリのことです。これ自体が汚染物質となるだけでなく、微生物がこの微粒子に付着して移動する「乗り物(キャリア)」となることが問題です。
クリーンルームの性能評価において最も基本的な指標であり、粒子の大きさ(0.5μmや5.0μmなど)ごとに個数を測定し、空気のキレイさを数値化します。微粒子が少なければ、それだけ微生物汚染のリスクも低いと推測できるため、環境管理のベースとなる指標です。
浮遊菌(空気中を漂う微生物)
浮遊菌は、空気中をフワフワと漂っている生きている微生物のことです。空調の気流に乗って移動するため、汚染源から離れた場所にも到達する可能性があります。
特に人が動くことで発生する発塵と共に拡散することが多いため、作業中の測定が重要視されます。製品に直接混入するリスクがあるため、専用の機器を用いて空気を吸引し、その中に含まれる菌の数を測定することで管理します。
落下菌(重力で表面に落ちてくる微生物)
落下菌は、重力によって空気中から床や作業台などの表面に落ちてくる微生物です。製品の容器が開いている時や、作業中のシャーレなどに直接落下して混入する恐れがあるため、非常に警戒すべき対象です。
一般的に、浮遊している菌よりも大きな粒子に付着している菌が落下しやすくなります。製品への直接的な汚染リスクを評価するために、作業時間中に培地を開放して測定を行うのが一般的です。
付着菌(床・壁・機械・作業員に付着している微生物)
付着菌は、床、壁、ドアノブ、機器の表面、そして作業員の衣服などにくっついている微生物です。これらは接触によって移動し、最終的に製品を汚染する原因となります。
特に作業者の手袋や、作業台の表面など、製品に近い場所の付着菌管理は重要です。清掃や消毒が適切に行われているかを確認する指標としても用いられ、定期的な拭き取り検査などで監視します。
【基礎知識】具体的な環境モニタリング手法と測定機器

測定対象が分かったところで、実際にどのような道具や方法を使って測定するのかを見ていきましょう。ここでは、現場で一般的に用いられる代表的な環境モニタリング手法と測定機器について解説します。
気中パーティクルカウンターを用いた微粒子測定
浮遊微粒子の測定には、「気中パーティクルカウンター」という機器を使用します。この機械は空気を吸引し、レーザー光を当てることで粒子による光の散乱を検知し、粒子の大きさと数を瞬時にカウントします。
測定結果がその場でデジタル表示されるため、リアルタイムで環境の状態を知ることができるのが特徴です。定期的な測定だけでなく、HEPAフィルターのリーク(漏れ)検査などにも使用される、クリーンルーム管理の必需品といえるでしょう。
エアーサンプラー法による浮遊菌測定
浮遊菌の測定には、「エアーサンプラー」と呼ばれる機器を使用します。この機器は一定量の空気を吸引し、内部に設置した寒天培地(微生物の餌となるゼリー状のもの)に空気を吹き付けます。
空気中の微生物を培地に衝突させて捕集した後、その培地を培養器で数日間育てます。目に見えるコロニー(菌の集落)となって現れた数を数えることで、空気1立方メートルあたりの菌数(CFU/m³)を算出します。
落下細菌試験法(セトルプレート法)による落下菌測定
落下菌の測定は、「落下細菌試験法」または「セトルプレート法」と呼ばれます。方法は非常にシンプルで、寒天培地の入ったシャーレの蓋を開け、測定したい場所に一定時間(通常は作業時間中や4時間など)置いておくだけです。
重力で落下してきた微生物を培地でキャッチし、その後培養してコロニー数を数えます。特別な機器を必要とせず、作業中の実際の落下リスクを評価できるため、広く行われている手法です。
スタンプ法(コンタクトプレート法)による表面付着菌測定
平らな表面の付着菌を測定する際に便利なのが「スタンプ法(コンタクトプレート法)」です。これは、寒天培地がシャーレの縁より少し盛り上がっている特殊な培地を使用します。
測定したい床や壁、作業台などに培地を直接ペタッと押し付け、表面の菌を培地に転写させます。その後培養して菌数を測定します。操作が簡単で定量的ですが、培地成分が表面に残るため、測定後はその場所を消毒用エタノールなどで拭き取る必要があります。
拭き取り法(スワブ法)による曲面や隙間の測定
機械の隙間や配管の裏側など、スタンプ法が使えない曲面や狭い場所には「拭き取り法(スワブ法)」を用います。滅菌された綿棒を湿らせて、規定の面積(例えば10cm×10cm)を拭き取ります。
その後、綿棒を希釈液に入れて菌を洗い出し、その液を培地で培養して菌数を測定します。手間はかかりますが、複雑な形状の場所の清浄度を確認するためには欠かせない手法です。
作業者の手指・衣服のモニタリング
作業者からの発塵や菌の拡散は最大のリスク要因であるため、作業終了後には作業者自身のモニタリングも行います。主に手袋(指先)やガウンの胸部、腕部などにスタンプ法を用いて菌が付着していないか確認します。
これを「ガウンチェック」や「フィンガーダブ」と呼びます。作業者の更衣手順や手洗いが適切かどうかの指標にもなり、教育訓練の一環としても非常に重要な意味を持ちます。
清浄度グレードとモニタリングの基準値

測定した数値が良いのか悪いのかを判断するためには、明確な「基準」が必要です。再生医療の現場では、国際的なルールや国内の省令に基づき、厳格な管理基準が設けられています。ここでは、清浄度グレードと判定基準について解説します。
GCTP省令・GMPガイドラインにおける管理基準
再生医療等製品の製造は、「GCTP省令」や「無菌医薬品製造に関するGMPガイドライン」といった規制要件に従う必要があります。これらのルールでは、作業内容のリスクに応じてエリアを区分し、それぞれのエリアで許容される微粒子数や微生物数の上限値を定めています。
これらの基準は法律やガイドラインで示されており、施設を運用する上で必ず守らなければならない「絶対的なルール」となります。自社の施設がどの基準に準拠すべきかを正しく理解することが大切です。
グレードA〜Dの清浄度区分と要求される空気質
クリーンルームは、清浄度が高い順に「グレードA、B、C、D」の4段階に区分されます。
- グレードA: 細胞操作を行うキャビネット内など、最も清浄な区域。微生物は検出されてはいけません。
- グレードB: グレードAの背景環境。無菌操作を行う部屋そのもの。
- グレードC/D: 製造支援区域や準備室など。
グレードAでは限りなくゼロに近い管理が求められ、グレードが下がるにつれて基準は緩やかになりますが、それぞれの区域で適切な制御が必要です。
日常モニタリングと定期モニタリングの違い
再生医療などの無菌操作が求められる現場では、適切な環境モニタリング手法を用いて清浄度を管理することが非常に重要です。このモニタリングには、主に製造のたびに行う「日常モニタリング」と、一定の期間ごとに行う「定期モニタリング」があります。
- 日常モニタリング: 無菌操作を行う最重要区域(グレードAなど)での浮遊微粒子の測定や、作業終了時の表面付着菌検査などが該当します。製品の品質に直結する重要な項目であるため、製造ごとに確認を行います。
- 定期モニタリング: クリーンルーム全体の浮遊菌や落下菌などを測定し、環境全体の傾向を把握するために実施します。こちらは週や月といった単位で計画的に行うのが一般的です。
これら2つを組み合わせることで、点と線の両面から製造環境の状態をより正確に監視することができるでしょう。
アラートレベル(警報)とアクションレベル(処置)の設定
基準値を超えないように管理するために、自社でより厳しい2段階の基準を設けることが一般的です。
- アラートレベル(警報基準): 「いつもより少し数値が高い」段階。環境が悪化しつつある兆候を捉え、注意を促します。
- アクションレベル(処置基準): 「許容範囲を超えた」段階。直ちに製造を停止したり、原因究明と是正措置を行う必要があります。
この2段階設定により、深刻な汚染が起きる前に未然に対策を打つことが可能になります。
正確なモニタリングを実現するための重要ポイント

環境モニタリングは、ただ漫然と測定すればよいわけではありません。得られるデータの信頼性を高め、実質的な品質保証につなげるためには、いくつかの重要なポイントを押さえておく必要があります。
リスク評価に基づくサンプリングポイント(測定場所)の選定
測定場所(サンプリングポイント)は、どこでも良いわけではありません。「汚染が起こりやすい場所」や「製品への影響が大きい場所」をリスク評価に基づいて選定する必要があります。
例えば、人の出入りが多いドア付近、作業者の動線、製品が露出するキャビネットの開口部などが挙げられます。科学的な根拠を持って「なぜそこで測るのか」を説明できるように場所を決めることが重要です。
培地の種類と培養条件の適切な管理
微生物を捕まえるための「培地」の管理も非常に重要です。培地には使用期限があり、保管温度も決まっています。また、培地自体が無菌であることや、菌がきちんと育つ能力(性能)を持っていることを事前に確認する必要があります。
さらに、培養する温度や時間も、検出したい菌の種類(細菌や真菌など)に合わせて適切に設定しなければ、正確な菌数は測定できません。
異常値(逸脱)が出た際の原因究明と是正措置(CAPA)
もし測定結果が基準値を超えてしまった場合(逸脱)、単に「掃除して終わり」ではいけません。なぜ数値が高くなったのか、その原因(空調の不具合、清掃不足、作業者の手技ミスなど)を徹底的に調査します。
そして、二度と同じことが起きないように対策(是正措置)を行い、その対策が有効だったかを確認します。この一連のプロセス(CAPA:是正処置・予防処置)を回すことが、施設のレベルアップに繋がります。
環境モニタリングの結果を左右する施設設計の重要性

環境モニタリングの結果は、日々の運用だけでなく、実は「施設の設計」に大きく左右されます。清掃しやすく、汚れにくい施設であれば、モニタリングの結果も安定します。最後に、モニタリングと施設設計の深い関係について触れておきましょう。
ハードウェア(空調・気流・内装)が清浄度に与える影響
クリーンルームのハードウェア、特に空調システムや気流の設計は、清浄度維持の要です。適切な換気回数の確保や、清浄な空気が汚染区域へ流れないような室圧制御(陽圧管理)、そして部屋の隅々まで空気が行き渡る気流設計が不可欠です。
また、内装材も重要で、壁や床が平滑で傷つきにくく、薬剤に強い材質であれば、清掃による除染効果が高まり、結果としてモニタリング数値の安定に寄与します。
モニタリング作業を考慮した動線とレイアウト
モニタリング作業そのものが汚染の原因になってはいけません。測定機器の搬入や、培地の持ち運びがスムーズに行えるような動線計画が必要です。
また、サンプリングポイントに無理なくアクセスできるレイアウトにしておくことも大切です。測定のために作業者が無理な姿勢をとったり、気流を遮ったりするような配置は、正確なデータを取る妨げとなり、汚染リスクを高めてしまいます。
運用開始後のリスクを最小化する初期の施設計画
施設が完成してから「ここの気流が悪い」「ここの掃除ができない」と気づいても、改修には多大なコストと時間がかかります。だからこそ、設計段階から環境モニタリングの実施を想定し、リスクを最小化する計画を立てることが重要です。
運用開始後のモニタリング負荷を下げ、安定した品質を維持するためには、最初の設計段階で経験豊富な専門家の知見を取り入れることが、長期的な成功への近道といえるでしょう。
まとめ

再生医療における環境モニタリングは、製品の品質と患者様の安全を守るための「砦」です。浮遊微粒子、浮遊菌、落下菌、付着菌という4つの指標を、適切な手法と機器を用いて測定し、基準内で管理することが求められます。
しかし、モニタリングはあくまで状態を確認する手段に過ぎません。最も大切なのは、日々の清掃や作業手順の遵守、そして何より「汚染させない施設環境」を維持することです。適切な施設設計と正しいモニタリング手法の組み合わせこそが、信頼される再生医療製品を生み出す基盤となります。
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環境モニタリング手法についてよくある質問

Q1. 環境モニタリングはどのくらいの頻度で行うべきですか?
A1. 頻度はエリアの清浄度グレードやリスクによって異なります。例えば、グレードAのような重要な区域では製造ごとに毎回(日常モニタリング)行うのが一般的です。その他のエリアでは、週1回や月1回などの定期モニタリングを設定しますが、これらはバリデーション(妥当性確認)の結果に基づいて決定する必要があります。
Q2. アラートレベル(警報基準)を超えた場合、製造は中止すべきですか?
A2. アラートレベルは「注意」の段階なので、直ちに製造中止とはならないケースが多いです。しかし、環境が悪化傾向にあるサインですので、清掃の強化や手順の再確認などの調査を行い、アクションレベル(処置基準)への到達を防ぐ対応が必要です。
Q3. 浮遊菌と落下菌の違いは何ですか?どちらか一方で良いのでしょうか?
A3. 浮遊菌は「空気中を漂っている菌」、落下菌は「製品や作業台に落ちてくる菌」を指します。浮遊菌が多くても気流によっては落下しないこともありますし、逆も然りです。それぞれ異なるリスクを評価しているため、両方を測定して総合的に環境を判断する必要があります。
Q4. グレードA環境とは具体的にどのような状態ですか?
A4. グレードAは、無菌操作を行うための最も清浄なエリアです。手術室よりも遥かに清潔で、浮遊微粒子や微生物が限りなくゼロに近い状態が求められます。通常、安全キャビネットやアイソレータの内部がこの環境に該当します。
Q5. 環境モニタリングに使用する機器は校正が必要ですか?
A5. はい、必ず定期的な校正(キャリブレーション)が必要です。測定機器の精度が狂っていると、正しい判断ができず、汚染を見逃してしまう恐れがあります。通常は1年に1回メーカーなどで校正を行い、証明書を保管します。




