再生医療事業への新規参入や、新たな細胞培養施設(CPC)の建設プロジェクトへの任命、誠におめでとうございます。しかし、いざ計画を進めようとすると「HVAC(空調)設計」という専門的な壁に直面し、戸惑われている方も多いのではないでしょうか。
再生医療において、空調設備は単なる温度調節装置ではありません。製品の品質と安全性を守る「要」であり、適切なHVAC設計のポイントを押さえていないと、最悪の場合、法規制をクリアできず事業が立ち行かなくなるリスクさえあります。
この記事では、専門的な知識がない初学者の方でも理解できるよう、再生医療施設におけるHVAC設計の重要ポイントや法規制への対応、設計会社との打ち合わせに必要な準備について、わかりやすく解説します。この記事を読み終える頃には、自信を持ってプロジェクトを進められる知識が身についているでしょう。
再生医療におけるHVAC(空調)設計の基礎知識

まずは、再生医療施設におけるHVAC(Heating, Ventilation, and Air Conditioning)の基本について理解を深めましょう。
なぜ再生医療において空調がこれほどまでに重要視されるのか、一般的なオフィスや住宅の空調とは何が違うのか。その根本的な役割とリスクを知ることで、設計の重要性がより明確に見えてきます。ここでは、HVACの定義から事業リスクまで、基礎となる知識を整理して解説します。
そもそもHVACとは何か?空調設備の基本機能
HVACとは、「Heating(暖房)」「Ventilation(換気)」「Air Conditioning(空調)」の頭文字を取った言葉で、室内環境を調整するシステム全般を指します。
再生医療施設におけるHVACの基本機能は、単に温度や湿度を調整するだけではありません。空気中の微粒子や微生物を除去し、清浄な空気を供給し続けることが最大の役割です。具体的には、以下の3つの機能を高度に制御することが求められます。
- 温度・湿度の制御: 細胞培養に適した環境の維持
- 清浄度の確保: 塵埃や菌の除去
- 気流・室圧の制御: 汚染物質の拡散防止
これらが有機的に機能して初めて、安全な細胞加工が可能となります。
一般的な空調と再生医療施設(CPC)用空調の決定的な違い
一般的なオフィスや商業施設の空調と、再生医療施設(CPC)用の空調には、その「目的」に決定的な違いがあります。
| 項目 | 一般的な空調 | 再生医療施設(CPC)用空調 |
|---|---|---|
| 主目的 | 人の「快適性」の追求 | 製品の「品質・安全性」の確保 |
| 制御対象 | 温度、湿度(大まかに) | 温度、湿度、微粒子、微生物、室圧、気流 |
| 換気回数 | 数回/時 程度 | 数十回〜数百回/時(グレードによる) |
| フィルター | 粗塵フィルター程度 | HEPAフィルターなどの高性能フィルター |
| 稼働時間 | 必要な時間帯のみ | 原則24時間365日連続稼働 |
このように、CPCの空調は「製造設備の一部」として捉える必要があります。人の快適さよりも、細胞がいかに汚染されずに安全に培養できるかが最優先されるのです。
適切なHVAC設計が製品品質と安全性を左右する理由
適切なHVAC設計が行われない場合、製品である「細胞」にどのような影響があるのでしょうか。結論から言えば、製品の品質と患者様の安全性が脅かされます。
空調による清浄度管理が不十分だと、空気中の浮遊菌や微粒子が細胞に混入する「コンタミネーション(汚染)」のリスクが高まります。細胞加工物は最終的な滅菌工程を経ずに患者様に投与されることが多いため、製造環境の無菌性は絶対条件です。
- 交叉汚染(クロスコンタミネーション)の防止: 異なる患者様の検体や細胞同士が混ざらないよう、気流制御で防ぐ
- 培養環境の安定: 温度変化による細胞活性への悪影響を防ぐ
HVACは、これらを物理的に保証する重要な防波堤の役割を果たしています。
設計ミスが引き起こす法規制違反と事業リスク
設計段階でのミスは、後から取り返しのつかない大きな損失につながる可能性があります。特に再生医療分野では、「再生医療等安全性確保法」や「GCTP省令」といった厳しい法規制が存在します。
もしHVAC設計が不適切で、バリデーション(設備が期待通りに機能することの検証)をクリアできなければ、施設の製造許可が下りません。これは、事業計画そのものが頓挫することを意味します。
- 法規制違反: 構造設備要件を満たせず、許可が得られない
- 改修コストの増大: 稼働後の不備発覚による大規模な改修工事
- 製品回収(リコール): 汚染発生による製品廃棄と信用の失墜
こうしたリスクを回避するためにも、初期の設計段階から規制要件を十分に満たすHVACシステムを構築することが不可欠です。
HVAC設計で押さえるべき重要ポイント1:清浄度の確保

HVAC設計において最も基本的かつ重要なのが「清浄度の確保」です。目に見えない微粒子や微生物をいかにコントロールし、クリーンな環境を作り出すかが設計の腕の見せ所といえるでしょう。
ここでは、清浄度を作り出すためのフィルター選定や換気回数、そして汚染を防ぐための4原則など、具体的な技術的ポイントについて解説します。
微粒子と微生物を排除するHEPAフィルターの選定
清浄度を確保するための心臓部とも言えるのが、「HEPAフィルター(High Efficiency Particulate Air Filter)」です。これは、0.3µmの粒子に対して99.97%以上の捕集率を持つ高性能フィルターです。
HVAC設計では、外気を取り込む際にプレフィルターや中性能フィルターで大きなゴミを取り除き、最終的にHEPAフィルターを通して清浄化された空気を室内に供給します。
- HEPAフィルター: 一般的なクリーンルームで使用。
- ULPAフィルター: さらに高い清浄度が求められる場合に使用(再生医療ではHEPAが主流)。
適切なフィルターを選定し、かつフィルター自体からのリーク(漏れ)がないように設置枠(ケーシング)の設計を行うことが重要です。
清浄度グレード(A~D)に応じた換気回数の設定
再生医療施設では、作業内容のリスクに応じて管理区域がグレードAからDに分類されています。それぞれのグレードに必要な清浄度を維持するためには、適切な「換気回数」の設定が欠かせません。
- グレードA(重要区域): 安全キャビネット内など、局所的な無菌操作エリアです。ここでは換気回数ではなく、風速0.3~0.5m/s程度の一方向流(ラミナーフロー)による管理が求められます。
- グレードB(直接支援区域): グレードAの背景となる環境です。清浄度を保つため、1時間あたり20~30回程度(国内指針では30回程度)の換気回数が目安とされています。
- グレードC/D(その他の清浄区域): プロセスに応じた清浄区域です。たとえばグレードCでは20回/h程度が望ましいとされるなど、リスクに応じた設定を行いましょう。
換気回数が多ければ多いほど清浄度は高まりますが、それに伴い設備コストやランニングコストも高くなってしまいます。公的な指針を参考にしつつ、リスク評価に基づいて過剰スペックにならず、かつ確実に清浄度を維持できる数値を検討することが、HVAC設計のポイントです。
一方向流と乱流方式の適切な使い分け
クリーンルーム内の気流方式には、主に「一方向流(ラミナーフロー)」と「乱流(非一方向流)」の2種類があり、用途によって使い分けます。
- 一方向流(ラミナーフロー):
- 天井全面から床に向かって垂直に均一な風を流す方式。
- 汚染物質を舞い上げず、最短距離で押し流すため、最も清浄度が高い。
- 用途: グレードA環境(安全キャビネット内や充填ラインなど)。
- 乱流(非一方向流):
- 吹出口から清浄空気を吹き出し、室内空気を希釈して清浄度を保つ方式。
- コストが比較的安価。
- 用途: グレードB〜D環境(一般的なクリーンルーム)。
重要な工程には一方向流を採用し、それ以外は乱流とするなど、コストと性能のバランスを考慮した設計が求められます。
汚染を「持ち込まない・発生させない・堆積させない・排除する」仕組み
HVAC設計の根底にあるのは、クリーンルームの「汚染防止の4原則」です。設備設計においては、この原則を物理的に実現する仕組みを組み込む必要があります。
- 持ち込まない: 前室(エアロック)の設置、パスボックスの利用、更衣室での着替え手順、HEPAフィルターによる給気。
- 発生させない: 発塵の少ない内装材の選定、作業者の動作管理(ソフト面も含む)。
- 堆積させない: 気流の淀み(デッドスペース)を作らない設計、掃除しやすいアール加工された壁や床。
- 排除する: 適切な換気回数と排気システムにより、発生した粒子を速やかに室外へ排出する。
これらの原則が一つでも欠けると、清浄度は維持できません。設計図面を見る際は、この4原則が満たされているかを確認しましょう。
HVAC設計で押さえるべき重要ポイント2:室圧と気流の制御

清浄な空気を入れるだけでは、安全な環境は維持できません。隣り合う部屋からの汚染流入を防いだり、逆に汚染物質を封じ込めたりするためには、「空気の流れ」と「圧力」を巧みにコントロールする必要があります。
ここでは、室圧制御(差圧管理)の基本や、陽圧・陰圧の使い分け、エアロックの重要性など、目に見えない空気を制御するためのHVAC設計のポイントを解説します。
部屋間の圧力差(差圧)による交叉汚染の防止
空気は「圧力の高いところから低いところへ」流れる性質があります。この性質を利用して、部屋と部屋の間に意図的に圧力差(差圧)を設けることで、汚染物質の移動を制御します。これを「室圧制御」と呼びます。
例えば、最も清潔に保ちたい細胞加工室の圧力を高くし、廊下や更衣室の圧力を低く設定します。そうすることで、ドアを開けた際に、常に清潔な部屋から外側へ空気が流れ出し、外からの汚れた空気の侵入を防ぐことができます。
HVAC設計では、各部屋に適切な差圧(通常10〜15Pa程度)を設定し、それを維持するためのダンパー調整やファン制御が重要になります。
陽圧管理と陰圧管理の使い分け基準
室圧管理には「陽圧」と「陰圧」の2つの考え方があり、扱う細胞やウイルスの有無によって使い分けます。
- 陽圧管理(Positive Pressure):
- 室内の圧力を周囲より高くする。
- 外部からの汚染侵入を防ぐことが目的。
- 適用: 一般的な細胞培養、無菌操作エリア。
- 陰圧管理(Negative Pressure):
- 室内の圧力を周囲より低くする。
- 室内の病原体やウイルスなどを外部に漏らさないことが目的。
- 適用: 感染性のある検体の処理室、ウイルスベクターを使用する部屋。
再生医療では基本的に陽圧管理ですが、ウイルスを扱う工程がある場合は、一部を陰圧にするなどの複雑な制御が必要になるため、設計難易度が上がります。
エアロック室の配置とインターロック制御の重要性
清浄度の異なる部屋(例:廊下と培養室)を直接つなぐと、ドアの開閉時に大きな汚染リスクが生じます。そこで緩衝地帯として設置されるのが「エアロック室(前室)」です。
エアロック室には、2つのドアが同時に開かないようにする「インターロック機構」を設けるのが一般的です。
- カスケード方式: 圧力を段階的に下げる(高→中→低)。
- バブル方式: エアロック室の圧力を最も高くし、両側に空気を押し出す。
- シンク方式: エアロック室の圧力を最も低くし、両側から空気を吸い込む。
目的に応じてこれらの方式を使い分け、汚染の移動を物理的に遮断する設計が不可欠です。
空気の流れをコントロールする吸込口と吹出口の配置
室内の気流をきれいに保つためには、給気口(吹出口)と排気口(吸込口)の位置関係が非常に重要です。
基本的には、「天井からきれいな空気を入れ、床近くの壁際から汚れた空気を吸い出す」のが理想的です。もし吸込口が天井にあると、床に落ちようとしていた埃を再び舞い上げてしまい、部屋全体に拡散させる「ショートサーキット」と呼ばれる現象が起きてしまいます。
また、機器の配置や作業者の動線を考慮し、気流が遮られて淀み(スタグネーション)ができないよう、吹出口の配置を工夫することもHVAC設計のポイントです。
HVAC設計で押さえるべき重要ポイント3:温湿度とモニタリング

細胞は生き物であり、非常にデリケートです。温度や湿度の変化は、細胞の増殖率や品質に直接影響を与える可能性があります。また、湿度管理はカビ(真菌)対策としても極めて重要です。
ここでは、細胞培養に適した温湿度環境の維持や、24時間監視体制の構築など、環境制御とモニタリングシステムの設計ポイントについて詳しく見ていきましょう。
細胞培養に最適な温度・湿度環境の維持
細胞培養エリアでは、作業者が快適に作業できることはもちろん、清浄な環境を維持することが求められます。細胞自体はインキュベーター(培養器)内で最適な37℃・高湿度に保たれますが、作業を行うお部屋の環境設定も非常に重要です。
一般的には、作業エリア(作業環境)は以下の範囲で制御されることが多いでしょう。
- 温度: 23℃ ± 2℃ 程度(作業者の発塵抑制などを考慮)
- 湿度: 40% ~ 60% RH 程度(静電気やカビの発生防止を考慮)
温度が高すぎると作業者が汗をかいて汚染の原因となり、逆に湿度が低すぎると静電気が発生しやすくなってしまいます。HVAC設計のポイントとして、外部の気候変動に左右されず、常にこの範囲内に収まるような空調能力をあらかじめ見積もっておくことが大切です。
結露やカビの発生を防ぐための湿度制御
再生医療施設において最も恐れるべき汚染の一つが「カビ(真菌)」です。カビは湿度が60%を超えると繁殖しやすくなるため、厳格な湿度制御が求められます。
特に梅雨時や夏場は外気の湿度が高いため、HVACシステムには十分な「除湿能力」が必要です。逆に冬場は過乾燥による静電気(パーティクルの付着原因)を防ぐための「加湿機能」も必要になります。
- 除湿: 再熱除湿方式など、温度を下げずに湿度だけを下げる機能。
- 加湿: 純水を使用した蒸気加湿など、不純物を空気中に放出しない清浄な加湿方式。
これらを適切に組み合わせ、結露リスクをゼロにする設計が重要です。
24時間365日の常時環境モニタリングシステム
HVACシステムが正常に稼働していることを証明するためには、環境モニタリングシステム(BMS: Building Management System)の導入が必須です。
- 常時監視項目: 室圧、温度、湿度
- 定期的測定: 浮遊微粒子、浮遊菌、落下菌
これらのデータは、製品の製造記録の一部として保管が義務付けられています。設計段階から、センサーの設置位置やデータの記録方法(改ざん防止機能付きのデジタル記録など)を計画に組み込む必要があります。24時間365日、無人で監視し続けるシステムが安心を生みます。
異常検知時のアラート発報と緊急対応フロー
万が一、空調機が故障したり、ドアの開放放置によって室圧が低下したりした場合、即座に担当者に知らせる仕組みが必要です。
- アラート発報: パトライトの点灯、警報ブザー、担当者へのメール/電話通知。
- 緊急対応: 予備機への自動切り替え、ダンパーの緊急閉鎖。
HVAC設計では、「異常が起きたときにどうするか」というフェイルセーフの思想が重要です。逸脱が発生した際のマニュアル作成と合わせて、ハードウェア側でも迅速に異常を検知・通報できるシステムを構築しましょう。
法規制適合(GCTP/GMP)とバリデーションへの対応

再生医療施設を建設する上で避けて通れないのが、法規制への適合です。どんなに高性能な設備でも、規制要件を満たし、その性能を科学的に証明(バリデーション)できなければ、施設として稼働させることはできません。
ここでは、再生医療等安全性確保法やGCTP省令が求める要件と、設計から施工後まで続くバリデーションの流れについて解説します。
再生医療等安全性確保法とGCTP省令が求める要件
再生医療製品を製造する場合、「再生医療等安全性確保法」や「GCTP省令(Good Gene, Cellular, and Tissue-based Products Manufacturing Practice)」の遵守が求められます。
これらは、ハードウェア(構造設備)とソフトウェア(手順・管理)の両面から品質を保証することを求めています。HVAC設計においては、特に「交叉汚染の防止」「清浄度の維持」「清掃・保守のしやすさ」が厳しくチェックされます。
設計図面の段階で、これらの省令が定める「構造設備の基準」を満たしていることを確認し、PMDA(医薬品医療機器総合機構)などの規制当局への説明責任を果たせるようにしておく必要があります。
設計時適格性評価(DQ)をクリアするための資料準備
バリデーションの第一歩は、設計時適格性評価(DQ: Design Qualification)です。これは、「設計内容が要求仕様(URS)や法規制を満たしているか」を文書で確認するプロセスです。
具体的には、以下の資料を準備し、照査します。
- 空調フロー図、ダクト系統図
- 室圧制御図、気流シミュレーション
- 機器仕様書、フィルター性能証明書
DQで不備が見つかれば、図面の修正が必要です。着工後に修正が発生すると莫大なコストがかかるため、DQの段階で徹底的に検証することが、プロジェクト成功の鍵となります。
施工後の性能適格性評価(PQ)を見据えた設計
工事が終わった後には、実際に設備が設計通りに動くかを確認する性能適格性評価(PQ: Performance Qualification)が待っています。HVAC設計は、このPQをクリアできることを前提に行わなければなりません。
- IQ(据付時適格性評価): 正しく設置されたか。
- OQ(運転時適格性評価): スイッチを入れて正常に動くか。
- PQ(性能適格性評価): 実際の製造環境下(負荷がある状態)で清浄度や温湿度が維持できるか。
例えば、作業員が入室して作業を行った状態でも室圧や清浄度が維持できるかなど、実際の運用を見据えた余裕のある能力設計(マージン)が必要です。
定期メンテナンスとフィルター交換の作業性確保
HVACシステムは作って終わりではありません。HEPAフィルターの交換やファンの点検など、定期的なメンテナンスが必須です。
設計時にメンテナンス性を考慮していないと、「フィルター交換のために天井を壊さなければならない」「点検口が狭すぎて作業できない」といった事態に陥ります。
- メンテナンス専用の動線確保(クリーンルーム内に入らずに作業できるのが理想)。
- フィルター交換が容易なハウジング形状の選定。
- 点検口の適切な配置。
これらを考慮した設計は、将来的なランニングコストの削減と、施設の稼働停止期間(ダウンタイム)の短縮につながります。
設計会社との打ち合わせをスムーズに進めるための準備

HVAC設計は高度に専門的な分野ですが、設計会社に「お任せ」にするのは危険です。自社の運用に合った最適な施設を作るためには、発注側である皆様が明確な要望を伝える必要があります。
ここでは、設計会社との打ち合わせ前に整理しておくべき情報や、検討すべきポイントについて紹介します。これらを準備することで、設計の精度が格段に上がります。
製造する細胞製品の特性とプロセスフローの整理
まず明確にすべきは、「何を作る施設なのか」ということです。扱う細胞の種類や製造プロセスによって、必要な空調スペックは大きく異なります。
- 細胞の種類: iPS細胞、間葉系幹細胞、T細胞など。
- プロセスの閉鎖性: 安全キャビネットを使う開放系操作か、閉鎖系自動培養装置を使うか。
- ウイルスの有無: ウイルスベクターを使用する場合、陰圧管理や排気フィルターの強化が必要。
プロセスフロー図(どの部屋で何をするか)を作成し、各部屋に求められる清浄度グレードを定義してから打ち合わせに臨みましょう。
作業員の人数と動線計画のシミュレーション
クリーンルームの最大の汚染源は「人」です。そのため、作業する人数や動線は空調設計の重要な入力条件となります。
- 最大作業人数: 人数が多いほど発塵量が増えるため、換気回数を増やす必要がある。
- 動線計画: 人の流れ(更衣→作業→退室)と物の流れ(搬入→製造→搬出)が交差しない一方向動線になっているか。
作業員のシフトや将来的な増員計画も考慮し、シミュレーションを行っておくことで、過不足のない空調能力を算出できます。
イニシャルコストとランニングコストのバランス検討
HVACシステムは、建設時のイニシャルコストだけでなく、電気代やフィルター交換費用などのランニングコストも莫大です。
- ハイスペックすぎる設計: 安全だが、電気代が経営を圧迫する。
- ギリギリの設計: 安いが、トラブル時の余裕がない。
例えば、夜間や非稼働時には換気回数を下げる「エコ運転モード」を導入するなど、運用コストを抑える工夫も設計段階で相談すべきポイントです。予算の上限と、許容できるランニングコストを明確にしておきましょう。
将来的な生産拡大やレイアウト変更への対応可能性
再生医療事業は急速に発展しているため、将来的な生産量の増加やプロセスの変更が予想されます。
- 拡張性: 将来的に部屋を増やせるスペースや、空調機の能力に余力を持たせるか。
- フレキシビリティ: パーテーションの変更に対応できる吹出口の配置か。
ガチガチに固定された設計にしてしまうと、数年後に大規模な改修が必要になるかもしれません。「今は不要だが、将来的には必要になるかもしれない機能」についても、設計会社と共有しておくことが賢明です。
まとめ

再生医療施設におけるHVAC設計は、製品の品質と安全性を担保するための最重要項目です。単なる設備工事ではなく、法規制対応や製造プロセスの一部として捉える必要があります。
重要なポイントを振り返ります。
- 清浄度: HEPAフィルターと適切な換気回数でグレードを維持する。
- 室圧・気流: 差圧管理と気流制御で汚染の拡散と混入を防ぐ。
- 温湿度: 細胞と作業員に最適な環境を常時モニタリングする。
- 法規制: GCTP/GMP要件を満たし、バリデーション可能な設計にする。
これらのポイントを押さえ、設計会社と綿密なコミュニケーションをとることで、リスクを最小限に抑えた理想的なCPCを構築できるでしょう。セラボ ヘルスケア サービスでは、構想段階からのサポートも行っていますので、不安な点があればお気軽にご相談ください。
HVAC設計のポイントについてよくある質問

HVAC設計に関して、お客様からよくいただく質問をまとめました。設計会社との打ち合わせや社内検討の際にお役立てください。
Q1. 既存の建物を改修してCPCを作る場合、空調設備は流用できますか?
A1. 基本的には難しいケースが多いです。一般的な空調は換気回数やフィルター性能がCPCの要件を満たしていません。既存のダクトスペースなどを利用できる可能性はありますが、空調機本体やダクト系統は専用のものに新設・更新する必要があります。
Q2. クリーンルームの電気代(ランニングコスト)はどれくらいかかりますか?
A2. 施設の規模や清浄度グレードによりますが、一般的なオフィスの5〜10倍以上になることも珍しくありません。24時間稼働が基本であり、大量の空気を循環させるためです。夜間制御(ナイトパージ等)の導入でコスト削減を図る設計が重要です。
Q3. バリデーション(IQ/OQ/PQ)にはどのくらいの期間が必要ですか?
A3. 施設の規模にもよりますが、施工完了後、概ね1〜3ヶ月程度かかります。特にPQ(性能適格性評価)では、環境が安定していることを確認するために一定期間のデータ蓄積が必要となるため、余裕を持ったスケジュールが必要です。
Q4. HEPAフィルターの交換頻度はどれくらいですか?
A4. 使用環境や稼働時間によりますが、一般的には1年に1回程度の点検を行い、差圧(目詰まり具合)やリーク試験の結果に基づいて交換します。目安としては数年に1回程度ですが、定期的な性能確認(PAO測定など)が必須です。
Q5. 温度管理はどの程度の精度が求められますか?
A5. 一般的には設定温度に対して±2℃程度の範囲内での管理が求められます。ただし、培養する細胞の感受性によってはより厳密な管理が必要な場合もあります。また、部屋の中央だけでなく、四隅などの場所による温度ムラ(温度分布)がないことも検証する必要があります。




